※この記事には、作品の内容に触れる表現や
ネタバレを含む場合があります。 未読の方はご注意ください。
遠い山なみの光
(A Pale View of Hills)
作品データ
著者:カズオ・イシグロ
ジャンル:文学小説/心理小説
娘を失った母が、過去の記憶をたどりながら語り直してしまう話
イギリスで暮らす中年女性・悦子は、長女ケイコの死をきっかけに、日本での若い頃を静かに語り始める。その回想には、友人・幸子とその娘マリコの話が混じり込むが、語られるほどに二つの人生は重なっていく。記憶は穏やかで曖昧で、しかし決定的な後悔だけが、じわじわと浮かび上がってくる。
ざっくり時系列
イギリスで悦子と次女ニキが再会する
↓
悦子が日本での若い頃を語り始める
↓
日本人の夫・次郎との生活を回想する
↓
幸子と娘マリコとの交流を思い出す
↓
悦子がイギリスへ移住する決断を語る
↓
ケイコがイギリスで孤立していく様子が明かされる
↓
ケイコの死が確定した事実として残る
物語の主要人物
・悦子
イギリスで暮らす中年の日本人女性。物語の語り手
・恵子(ケイコ)
悦子の長女。イギリスで孤立し、後に亡くなる
・ニキ
悦子の次女。イギリス人の父を持つ
・幸子
悦子の知人。過去の回想の中で重要な存在
・マリコ
幸子の娘。強い孤独を抱えた少女
・次郎
悦子の最初の夫
娘の死から始まる、静かな回想
物語は、悦子と次女ニキが、長女ケイコの死について語る場面から始まる。悦子は感情をあらわにせず、淡々と過去を振り返る。その語り口は落ち着いているが、最初から、何かが欠けている感じが漂っている。
日本での記憶と、幸子という存在
悦子は日本での生活を語る中で、幸子という女性と、その娘マリコの話を持ち出す。幸子は娘を連れて外国へ行こうとしており、マリコは強い不安と孤独を抱えている。その姿は、後に語られるケイコの姿と驚くほど重なっていく。
イギリス移住と、取り返しのつかなさ
悦子は、自分がイギリスへ移住したこと、その選択が娘に与えた影響をはっきりとは断定しない。ただ、「分かっていた」と語る言葉が残る。語られない部分、ずらされた視点、その隙間に、後悔と自己防衛が滲んでいく。
この小説のポイント
・信頼できそうで、どこか危うい語り
・過去を語ることで形を変えていく記憶
・母と娘の距離
・語られない事実の重み
たぶんこんな小説
静かで、読みやすいのに、読み終わると胸の奥に残るものがある。はっきりした答えは出てこないけれど、語りのズレや繰り返しが、かえって真実に近づいていく感じ。山なみの向こうに光があるのかどうか、最後まで確信は持てないまま、ページを閉じることになる。

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