※この記事には、作品の内容に触れる表現や
ネタバレを含む場合があります。 未読の方はご注意ください。
充されざる者
(The Unconsoled)
作品データ
著者:カズオ・イシグロ
ジャンル:幻想小説/心理ドラマ/不条理
期待と頼まれごとに飲み込まれて、時間も人間関係もグニャる話
著名ピアニストのライダーは、招待されてヨーロッパのとある都市に到着する。ところがホテルに着いた瞬間から予定がぎっしりで、しかも本人はスケジュールを覚えていないのに、知っているふりをして流されていく。街の人たちは次々に個人的な頼み事をぶつけ、文化危機を救う象徴としても彼に期待する。ライダーは初対面のはずのソフィーやボリスと、なぜか長年の関係者みたいに振る舞ってしまい、過去の記憶も街のあちこちで勝手に立ち上がる。木曜の夜が近づくほど混乱は増し、コンサートは崩れ、誰かの人生も関係も壊れていくのに、ライダーは結局、追い立てられるように路面電車へ乗り込んで朝食ビュッフェを食べている。
ざっくり時系列
ライダーが招待され、ヨーロッパの都市に到着する
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ストラットマンに出迎えられ、数日分の予定が詰まっていると知らされる
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ライダーは予定を覚えていないのに、知っているふりをする
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街の住民たちに次々呼び止められ、丁寧だが執拗な頼み事を受け続ける
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ホテルの老ポーターのグスタフが、娘ソフィーと孫ボリスの件で助けを求める
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初対面のはずのソフィーとボリスに、ライダーは長年のパートナー/義父のような記憶と態度で接してしまう
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街はチェリストのクリストフ失脚以来の文化危機を抱え、ライダーに復興の役割を期待する
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落ち目の指揮者ブロツキーが木曜夜のコンサートで復活すると期待され、ホフマンが完璧な公演を誓う
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企画者たちはブロツキーと元妻コリンズ嬢の和解を画策する
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ライダーは「入っていなかった約束」に到着したり、手配された約束を忘れたりしながら街中を連れ回される
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ライダーはホフマン夫妻の息子ステファンの演奏計画を承認する
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ライダーは介護が必要な両親が到着する知らせを受け、確認作業に追われる
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グスタフが体調を崩し、ブロツキーは酒に溺れて自転車事故を起こす
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医者はブロツキーの足を緊急切断するが、それが義足だったと気づいていない
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ステファンがリサイタルで喝采を浴びる
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ブロツキーが片足で血を流しながら指揮し、失敗し、コリンズにも公然と拒絶される
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混乱の中でコンサートは中止になる
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ライダーは両親の訪問が自分の計画だったと気づき、両親が過去にこの街を訪れていたことも知る
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グスタフが亡くなり、ライダーは最期に立ち会えない
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ソフィーはグスタフの死のときライダーが不在だったことを理由に、ついに彼を見捨てる
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ライダーはソフィーとボリスを追って路面電車に乗り、同乗者に慰められながら朝食ビュッフェを食べる
物語の主要人物
・ライダー
著名なコンサートピアニスト。都市の期待と頼み事に巻き込まれ続ける
・ソフィー
グスタフの娘。ボリスの母。ライダーと奇妙に近い関係として現れる
・ボリス
ソフィーの息子。周囲から大人の責任を押し付けられがちで、ライダーがかばう
・グスタフ
ホテルの老ポーター。ソフィーとボリスのことでライダーに助けを求める
・ストラットマン
市芸術評議会の担当者。ライダーの滞在予定を組み、街の期待を背負わせる
・ホフマン
ホテル支配人。木曜夜の成功に執着し、ブロツキーを管理する
・ホフマン夫人
ホフマンの妻。ライダーに捧げられた写真アルバムを持っている
・ステファン
ホフマンの息子。難曲を木曜夜に弾く計画を抱え、両親との緊張を抱える
・ブロツキー
落ち目の指揮者。街の芸術復興の希望として担ぎ上げられる
・ミス・コリンズ
ブロツキーの元妻。再会と和解を周囲に期待される
・クリストフ
かつて名声を得たチェリスト。失脚が街の文化危機のきっかけになる
到着した瞬間から「木曜の夜」に追い立てられる
ライダーがホテルに着くと、ストラットマンが待ち構えていて、数日間の予定がパンパンだとほのめかす。しかも街では、待ちに待った「木曜の夜」が重要イベントとして迫っている。
ただ、ライダー本人はスケジュールを覚えていない。でもそこで「分かりません」と言えず、知ってる顔で進めちゃう。この時点で、現実の足場がちょっと浮く。その後に起きる混乱が、全部ここから増幅していく。
頼みごとが途切れず、初対面が初対面じゃなくなる
街の人たちは丁寧だけど執拗で、会うたびに個人的な頼み事を渡してくる。グスタフは娘ソフィーと孫ボリスのことで助けを求め、ライダーはなぜか初対面のはずの二人を「長年のパートナー」「ボリスの義父」みたいに感じてしまう。
しかも、街のあちこちでライダーは自分のイギリスでの幼少期を思い出させる人物や場所や物に、思いがけない形で気づいてしまう。過去と現在の境界がゆるくなって、会話も関係も「いつからそうだった?」が曖昧なまま進む。
文化危機を救う役が乗り、ブロツキー復活計画が破滅へ滑る
この都市は、チェリストのクリストフの失脚をきっかけに文化危機を抱えていて、ライダーにリサイタルと講演で空気を変えることを期待している。さらに街は、落ち目でアルコール依存症のブロツキーに希望を託し、木曜夜のオーケストラコンサートで復活させようとする。
ホフマンはリハーサルを監督して完璧を誓う一方で、企画者たちはブロツキーの心の支えとして、元妻コリンズ嬢との和解を裏で進める。でもこの綱渡りが、どんどんズレていく。ライダー自身も、入ってない約束に行ったり、手配された約束を忘れたりして、街の歯車の一部として振り回される。
木曜夜に向かって、みんなの恥と喪失が連鎖していく
木曜夜が近づくほど、遅れと事故と不在が積み上がる。グスタフは体調を崩し、ブロツキーは働きかけが実らず酒に戻って自転車事故。医者は緊急切断までするのに、それが義足だったことに気づいていないという、もう現実の扱いが雑すぎる展開になっていく。
それでもステファンはリサイタルを頑張って喝采を浴びる一方、ブロツキーは血を流しながら滑稽に指揮して恥をかき、コリンズにも公然と拒絶される。ホフマンも自分の失敗を飲み込み、夫婦関係の形も露出する。結果として、コンサートは中止になり、街が期待していた「復興の瞬間」は崩れる。
この小説のポイント
・予定が埋まっていくほど、時間感覚と現実の接地がズレていく構造
・初対面のはずの人が「家族」みたいに立ち上がる違和感が、ずっと続く
・文化危機や芸術復興という大義が、個人の弱さや依存や体裁で壊れていく
・一生懸命やった人(ステファン)が救われる部分と、救われない部分が同時にある
・喪失が起きても、主人公がそれを「ちゃんと悲しむ」段取りに入れないまま進んでしまう
たぶんこんな小説
夢っぽいのに、嫌な現実感がずっとまとわりつく感じ。誰かに期待されて、ちゃんと応えたいのに、次の用事が割り込んできて、謝る暇も悩む暇もなく流される。その流され方が、街全体の焦りとか体裁とか、家族のグチャグチャまで全部引き連れてくる。読んでると「いま何を優先すればいいんだよ…」って気分がじわじわ来るタイプの物語っぽいよ。

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