※この記事には、作品の内容に触れる表現や
ネタバレを含む場合があります。 未読の方はご注意ください。
母なる夜
著者:カート・ヴォネガット・ジュニア
ナチスの声になった男が最後に自分を裁く話
主人公ハワード・W・キャンベル・ジュニアは、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツ側で対米宣伝を行っていた人物だ。表向きはヒトラーを称えるラジオ放送の語り手。しかしその裏には、本人しか知らない別の役割があったという。戦争が終わり、世界から「裏切り者」として裁かれようとする中で、彼は自分の人生を自伝という形で振り返る。何を信じ、何を演じ、何を選ばなかったのか。その積み重ねが、静かに一人の男を追い詰めていく。
ざっくり時系列
ハワードがアメリカで劇作家として活動する
↓
ドイツ出身の妻ヘルガと結婚する
↓
ナチス政権下のドイツに渡る
↓
第二次世界大戦が始まる
↓
対米宣伝放送の語り手として活動する
↓
秘密裏に別の役割を担う
↓
戦争が終結する
↓
イスラエルで裁判を待つ身となる
↓
獄中で自伝を書き始める
物語の主要人物
・ハワード・W・キャンベル・ジュニア
ナチスの対米宣伝に関わった劇作家
・ヘルガ・ノート
ハワードの妻でドイツ人女優
・バーナード・B・オヘア
戦後にハワードの周囲に現れる人物
・レズリー・メジャーズ
ハワードの過去と役割に関わる存在
ラジオの向こう側で始まる裏切りの物語
ハワードは戦時中、ドイツからアメリカに向けてラジオ放送を行う。内容は露骨な反米・親ナチスのプロパガンダで、彼自身の言葉として世界に流れていく。聞く側にとっては、彼は完全に「敵」だ。その一方で、本人の胸の内にある動機や事情は、外からは一切見えない。このズレが、物語全体の不安定さを生み出している。
本心と役割が切り離されていく日々
ハワードは、自分が何者なのかを役割の中で見失っていく。語っている言葉は自分のものなのか、それとも仮面なのか。周囲は彼をナチスの象徴として扱い、戦後もそのイメージは消えない。本人がどんな意図を持っていたとしても、行動として残った事実だけが世界を動かしていく。
自伝という名の自己裁判
物語の終盤、ハワードは自分自身を裁くように文章を書き続ける。無罪か有罪かを決めるのは法廷だけではなく、自分自身でもある。彼は言い訳を並べるよりも、「自分が何をした存在として生きてきたのか」を冷静に並べていく。その態度が、読んでいる側にも重たい問いを投げかけてくる。
この小説のポイント
・意図と行動が食い違った時の怖さ
・役割を演じ続けた結果、残るもの
・戦争が個人の倫理をどう歪めるか
・ユーモアの裏にある冷たい視線
たぶんこんな小説
語り口は淡々としていて、笑える場面もあるのに、読み進めるほど足元が不安定になる。誰かを簡単に「悪」と決めたくなる気持ちが、じわっと揺さぶられる感じ。戦争の話でありながら、ずっと個人の内側を見せられているような、不思議な読後感が残る一冊。

コメント