※この記事には、作品の内容に触れる表現や
ネタバレを含む場合があります。 未読の方はご注意ください。
空気を求めて
(Coming Up for Air)
作品データ
著者:ジョージ・オーウェル
ジャンル:社会小説/風刺小説
中年男が「昔の空気」を吸いに帰ったら、世界が先に終わりかけてた話
45歳の保険セールスマン、ジョージ・ボウリングは、戦争の匂いが濃くなっていく時代の中で、息苦しさをごまかすように故郷へ帰ろうとする。
狙いはシンプルで、子どもの頃の無邪気さとか、のどかな景色とか、あの頃の自分を取り戻したい。
でも戻ってみると、故郷はもう「昔の故郷」じゃない。開発と商売の匂いが広がり、思い出の場所は消え、懐かしさは逃げ水みたいにすり抜ける。
笑えるようで、ずっと苦い。
ざっくり時系列
ロンドンで入れ歯を受け取りに行き、昔の記憶が動き出す
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ジョージが子ども時代のローワー・ビンフィールドを思い出す
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競馬の勝ち金を家族に隠し、使い道に迷う
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左翼読書クラブの会合で時代の空気にうんざりする
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退職した校長オールド・ポーテウスを訪ねるが余計に沈む
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勝ち金で故郷へ帰る旅を決める
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到着すると町が激変していて、昔の場所が消えている
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元恋人を見かけるが、時間の残酷さに打ちのめされる
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決定的に「戻れない」を思い知る出来事が重なる
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戦争が現実の脅威として迫ってくる
物語の主要人物
・ジョージ・ボウリング
語り手。45歳の保険セールスマンで夫であり父でもある
・ヒルダ・ボウリング
ジョージの妻。家庭の現実を背負って生きている
・オールド・ポーテウス
引退した教師。古い価値観と習慣の象徴みたいな存在
・エルシー
ジョージの元恋人。故郷で再会し、時間の重さを突きつける
入れ歯と新聞の見出しが、過去のスイッチを押す
物語の入り口が面白くて、ジョージは入れ歯のためにロンドンへ行く途中、新聞のポスターや街の匂いに引っ張られて、子ども時代の記憶へ滑り込む。
大きな事件じゃなくて、音とか匂いとか、そういうものが過去を呼び出す感じ。ここで読者も一緒に「昔の空気」に連れて行かれる。
変わったのは町だけじゃなくて、自分もだった
故郷に帰れば、子どもの頃の池があって、巨大な魚がいて、あの頃の景色が待ってる。ジョージはそう信じたい。
でも現実は、建物が増え、店は変わり、パブも別物みたいになっている。
さらにキツいのが、人も変わるってこと。元恋人の姿は、懐かしさじゃなくて時間の残酷さを連れてくる。ジョージは「思い出の場所が消えた」だけじゃなくて、「思い出に戻れる自分も消えた」ことを思い知る。
のどかな回想の外側で、戦争が近づいてくる
この話、過去をなつかしむだけじゃ終わらない。
町の変化は「投機的な開発」とか「商業主義」とか、そういう現代の圧で進んでいくし、さらに世界の外側では戦争が迫っている。
ジョージが逃げようとすればするほど、「逃げ場のなさ」がはっきりしてくる作りになってる。
この小説のポイント
・一人称の語りが軽妙で、愚痴っぽいのに妙に読める
・ノスタルジアを肯定せず、むしろ冷たく解体していく
・開発と商業主義が田園を削っていく感触が生々しい
・戦争前夜の息苦しさが、日常の細部に混ざっている
たぶんこんな小説
笑いながら読める場面があるのに、読み終わると胸がずしっとする。
昔に戻りたい気持ちを否定しないけど、戻れない現実もごまかさない。
懐かしさを吸おうとして、逆に息が苦しくなる。そんなタイプの一冊。

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