※この記事には、作品の内容に触れる表現や
ネタバレを含む場合があります。 未読の方はご注意ください。
白痴
(Идиот)
作品データ
著者:フョードル・ドストエフスキー
ジャンル:心理小説/社会小説/宗教哲学寄りの悲劇
善すぎる人を世俗の渦に放り込んだら、全員が壊れていく話
主人公はムイシュキン公爵。病気上がりで世間慣れしてないけど、根っこの慈悲と誠実さが異様に強い人。周囲は彼を「白痴」と誤解したり利用しようとしたりするのに、なぜか心を揺さぶられていく。
その中心にいるのがナスターシャ・フィリッポヴナとロゴージン。救いと執着、純粋さと破滅がぐちゃっと絡んで、最終的に取り返しのつかないところまで行く。
ざっくり時系列
ムイシュキンがスイス療養から帰国、列車でロゴージンと出会う
↓
エパンチン家に出入りし、娘アグラーヤたちと交流する
↓
ガーニャとナスターシャの結婚話が進むが、誕生日パーティーが大炎上
↓
ロゴージンが10万ルーブルを提示、ムイシュキンは求婚する
↓
ナスターシャはロゴージン側へ行き、ムイシュキンも追う
↓
半年ほど三角関係が続き、ロゴージンがムイシュキンを襲うが発作で未遂
↓
避暑地パヴロフスクで再会と騒動が連鎖、アグラーヤとの距離が近づく
↓
イッポリトの長い告白と自殺未遂の失敗で空気がさらに歪む
↓
晩餐会でムイシュキンが暴走気味の演説と発作、社交界に悪印象
↓
アグラーヤとナスターシャの直接対決、ムイシュキンは決断できず引き裂かれる
↓
ムイシュキンとナスターシャは婚約するが、結婚式当日にナスターシャが逃げる
↓
ロゴージンがナスターシャを殺害、ムイシュキンは精神を崩して療養所へ
↓
ロゴージンは重刑、アグラーヤも人生が崩れて散る
物語の主要人物
・レフ・ニコラエヴィチ・ムイシュキン
青年の公爵。てんかん持ち。善意と共感が強すぎて、社会の毒を受け止めすぎる。
・ナスターシャ・フィリッポヴナ・バラシコーワ
美しく鋭いが、過去の搾取と恥辱意識で自壊しやすい。救われたいのに、自分で救いを壊しにいく。
・パルフィョン・セミョーノヴィチ・ロゴージン
激しい執着の男。愛が純化せず、所有と破壊へ向かっていく。
・アグラーヤ・イヴァーノヴナ・エパンチン
エパンチン家の末娘。誇りと理想が強い。ムイシュキンへの憧れが、嫉妬と怒りに変形していく。
・ガヴリル・アルダリオノヴィチ(ガーニャ)
出世と体面に振り回される男。ナスターシャとの結婚話で人間性が露出する。
・イッポリト・テレンチェフ
結核で死が近い若者。愛されたいのに攻撃的で、ムイシュキンの世界観に噛みつく。
始まりは、帰国した公爵が上流社会に吸い込まれるところから
ムイシュキンは帰国列車でロゴージンと出会い、ナスターシャという女性が彼の人生の中心にいると知る。
その後エパンチン家へ行き、アグラーヤたちと交流するんだけど、ムイシュキンの率直さが「変な人」なのに「妙に刺さる人」として場を動かしてしまう。ここで既に、善意が空気を変える怖さがある。
誕生日パーティーで全部が露呈する
ガーニャとナスターシャの結婚話は、金と体面の匂いが濃い。
その誕生日パーティーで、ロゴージンが10万ルーブルをドンと出して奪い取ろうとし、ナスターシャはそれを武器にして周囲を焼く。
そしてムイシュキンが求婚する。彼の求婚は所有でも取引でもなく、傷ついた人を見捨てないって宣言に近い。だからナスターシャは揺れるけど、結局ロゴージン側へ行ってしまう。この時点で、ムイシュキンの善が「救い」じゃなく「試練」になってる。
中盤は、救いと執着が綱引きして、暴力が現実になる
ナスターシャはムイシュキンとロゴージンの間で落ち着かない。
ロゴージンは嫉妬と衝動を隠さず、ついにはムイシュキンを刺そうとする。だけどムイシュキンは発作で倒れて未遂になる。
ここがしんどいところで、ムイシュキンはロゴージンを「悪」として断罪できない。許しと兄弟愛みたいな方向へ行ってしまう。人を救うはずの善が、境界線を引けない弱さにも見えてくる。
パヴロフスク編は、恋と世間と思想が一気に混線する
避暑地でエパンチン家と再会して、アグラーヤがムイシュキンに惹かれていく。
同時に、死が近いイッポリトが長い文章を読んで「自分は自殺する」とやるのに、結局失敗してみっともなくなる。
この辺の空気、みんなが「高尚」も「滑稽」も「残酷」も一緒くたにして、転び続ける感じがある。ムイシュキンの存在が鏡になって、各人の弱さが露わになる。
終盤は、二人の女性の激突でムイシュキンが決めきれず破裂する
アグラーヤとナスターシャが直接会う場面は、誇りと侮辱と救済願望の殴り合い。
ムイシュキンはアグラーヤを愛し始めてるのに、ナスターシャを見捨てられない。
結果、婚約はナスターシャ側へ傾く。でも結婚式当日、ナスターシャはロゴージンに「連れて行って」と逃げる。ここで、もう戻れない線を越える。
ラストは、破滅の確定
ムイシュキンはロゴージンの家でナスターシャの遺体と向き合う。ロゴージンは彼女を刺してしまった。
ムイシュキンは精神を崩して療養所へ戻り、ロゴージンは重刑。アグラーヤも別の形で人生が壊れていく。
善が勝って終わる話じゃなく、善がこの世界でどう傷つき、周囲をどう変えてしまうかを最後まで見せる。
この小説のポイント
・善良さが武器にも毒にもなる瞬間を、徹底して描く
・ムイシュキンの慈悲は、誰かを救うだけじゃなく、周囲の欲望や恥や嫉妬を刺激してしまう
・ナスターシャは「救われたい」と「罰されたい」が同居していて、行動が常に自分を壊す方向へ傾く
・ロゴージンは愛が濃すぎて、ついに破壊になる
・イッポリトや社交界の場面が、人生の滑稽さと残酷さを同時に増幅させる
たぶんこんな小説
優しい人が場にいるだけで、空気が浄化されるどころか、全員の心の傷や欲が露骨に浮き出て、逆に地獄っぽくなる。
読後感は重いけど、ムイシュキンが時々見せる「人を信じる」瞬間がやけにまぶしいタイプの悲劇。

コメント