※この記事には、作品の内容に触れる表現や
ネタバレを含む場合があります。 未読の方はご注意ください。
オルタード・カーボン
著者:リチャード・モーガン
魂がバックアップ可能な世界で、元特命兵が「殺された富豪の謎」を追う話
人間の意識がデータ化され、肉体は交換可能な器〈スリーヴ〉になった27世紀。強盗の罪で100年以上の保管刑に服していた元エンヴォイ隊員タケシ・コヴァッチは、ベイ・シティで新しい身体とともに目覚める。依頼主は、死んだはずの超富豪。自分は殺された、その真相を調べろという仕事だった。死が日常になった世界で、なお「殺人」が意味を持つ理由を追ううちに、タケシは都市の裏側に広がる巨大な謀略の中心へ踏み込んでいく。
ざっくり時系列
魂がデータ保存できる社会が確立する
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タケシ・コヴァッチが強盗の罪で長期保管刑に服する
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ベイ・シティで新しいスリーヴを与えられ、再生する
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死んだ富豪から「自分を殺した犯人を探せ」と依頼される
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調査の過程で、都市の闇と歪んだ権力構造に触れていく
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存在そのものが売買される社会の異常性が露わになる
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タケシ自身の過去と、現在の事件が重なっていく
物語の主要人物
・タケシ・コヴァッチ
元エンヴォイ・コーズ隊員。日本人と東欧人の血を引く
・依頼主の富豪
自分が殺されたと主張する人物。莫大な権力と資産を持つ
・ベイ・シティの関係者たち
調査の過程で関わる警察、企業、人身売買に近い存在
死が軽くなった世界で、なぜ「殺人」は問題になるのか
この世界では、肉体が壊れても意識が残っていれば復活できる。だからこそ、普通の死は事件にならない。それでも富豪は「殺された」と言い切る。そこには、単なる暴力では済まされないルール違反があった。タケシはハードボイルドな手法で聞き込みを重ね、都市の表と裏を行き来しながら、その違和感の正体を掘り下げていく。
スリーヴ社会が生む、格差と暴力のリアル
肉体を選べる世界は、自由に見えて強烈な格差を生む。金持ちは何度でも若く強い身体を手に入れ、貧しい者は粗悪なスリーヴを使い捨てられる。人格と肉体が切り離されたことで、人の扱いも極端に軽くなる。その中でタケシは、何度殺されても立ち上がる存在として、街の歪みをその身で引き受けていく。
ハードボイルドの皮をかぶった、存在そのものへの問い
物語の終盤で明らかになるのは、単なる事件の解決以上のもの。魂がデータになったとき、人間はどこまで人間でいられるのか。タケシが直面する選択は、個人的でありながら、この世界全体の価値観を映し出している。銃撃や暴力は派手だが、芯にあるのはかなり哲学的な問いだ。
この小説のポイント
・魂と肉体を分離した世界設定
・ハードボイルドとミステリの融合
・不死に近い社会での「殺人」の意味
・主人公自身の過去が物語に深く絡む構造
たぶんこんな小説
ネオンに濡れた未来都市を歩き回りながら、世界のルールそのものを疑わされる感じ。銃声と皮肉が飛び交うけど、読後に残るのは「生きてるって何だろう」という感触。サイバーパンクなのに、人間臭さが最後まで消えない一冊。

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