※この記事には、作品の内容に触れる表現や
ネタバレを含む場合があります。 未読の方はご注意ください。
去年を待ちながら
著者:フィリップ・K・ディック
戦争の最前線で「時間」と「正気」が揺らぎ始める話
星間戦争が続く世界で、人工臓器移植医のエリックは、思いがけず国連事務総長モリナーリの主治医に任命される。最高権力者の健康を預かるという名誉と重圧。その裏で、モリナーリは強烈な未来予知能力を持ち、周囲の政治判断や戦争の行方にまで影響を与えていた。
しかし、その能力は精神の不安定さと表裏一体だった。エリックは医師として彼を支えようとするが、やがて「治療すべきなのは誰なのか」「そもそも現実とは何なのか」という問いに巻き込まれていく。
ざっくり時系列
星間戦争が長期化している
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人工臓器移植医エリックが登場する
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国連事務総長モリナーリの主治医に任命される
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モリナーリの未来予知能力が明らかになる
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能力が政治や戦争判断に利用されていると知る
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精神の不安定さが深刻化していく
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治療と権力の板挟みに遭う
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時間感覚と現実認識が揺らぎ始める
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エリック自身の立場と選択が問われる
物語の主要人物
・エリック
人工臓器移植医。モリナーリの主治医に任命される。
・モリナーリ
国連事務総長。未来を予知する能力を持つ。
・周囲の政治関係者
モリナーリの能力を戦争に利用しようとする存在。
医療と権力が交差する場所
物語の出発点は医療だ。エリックは医師として、患者の健康と精神を守ろうとする。しかし患者は、ただの病人ではなく、銀河規模の政治を動かす中心人物でもある。
治療すれば、未来予知という切り札を失うかもしれない。放置すれば、精神はさらに壊れていく。医療倫理と政治的現実が、エリックの前で真正面からぶつかる。
未来が見えることの代償
モリナーリは「去年」を生きているかのように、時間がずれた認識を持つ。その能力は戦争を有利に進める一方で、本人の精神を確実に削っている。
ディックはここで、未来を知ることが幸福なのか、それとも破壊なのかを突きつけてくる。先が見えてしまう世界では、選択や責任はどこに残るのか。その疑問が物語全体を覆っている。
正気と現実がほどけていく感覚
中盤以降、時間の感覚や出来事の前後関係が、読者にとっても分かりにくくなっていく。それは単なる演出ではなく、登場人物たちの認識そのものが揺らいでいるからだ。
何が現在で、何が過去なのか。誰の判断が正しいのか。エリック自身も、その不安定な地盤の上で決断を迫られていく。
この小説のポイント
・医療倫理と政治権力の衝突
・未来予知能力がもたらす精神的代償
・時間認識のズレを物語構造に組み込んでいる
・中期ディックらしい重層的なテーマ
たぶんこんな小説
SFの形をしているけど、読後に残るのは人間の弱さと選択の重さ。
頭が少し混乱する感覚すら、物語の一部として効いてくる。
「正気って何だろう」「未来を知るって幸せなのかな」と、静かに考え込む一冊。

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